魅力的な旅館を

もっともっと
追求していきたい

株式会社 下部ホテル / 代表取締役社長 矢崎 道紀さん

日本は今、インバウンドブームに沸いている。それに伴い各地でホテルが増えているが、一方で日本ならではの文化である旅館の数は減り続けている。

「私たちが目指しているのは、心に届くおもてなしができる旅館です。魅力的な旅館をもっともっと追求していきたいんです」

そんな熱い想いを語るのは、昔から湯治場として知られる南巨摩郡下部町にある下部ホテルの矢崎道紀社長。
名前こそホテルだが、旅館ならではのおもてなしやくつろぎ感、親しみやすさを大切にしている、90年の歴史を持つ温泉旅館だ。

昭和4年創業の下部ホテルは、日帰り客を含め年間10万人が訪れるという大きな旅館。
2018年に社長になった矢崎さんは、115人のスタッフを率いてその運営に取り組んでいる。

「私たちは温泉、料理はもちろんのこと、お客様との交流も大事にしています。お客様の心に届くおもてなしをどうやったらできるのか。どうしたらもう一度来ていただけるのか。それにはやはりスタッフとの交流が大切だと考えています」

柔らかい口調で語る矢崎社長だが、言葉の一つ一つから熱い想いがあふれてくる。

お客様との交流のきっかけづくりとして取り組んでいるのが、スタッフが付けている名札。そこには「スタッフのおすすめ」として一言が書き添えられている。

「それぞれのスタッフが一押しを書きこんでいて、それが会話のきっかけになったりしています。ちなみに私は『もちつき大会』です」

もちつき大会というのは、下部ホテル恒例のイベントのひとつ。
毎晩、和太鼓のショーともちつき大会をお客様の目の前で披露し、その場でつきたてのお餅をふるまっている。

「30年以上続く当ホテルの伝統的なイベントなんです。一晩も休まずやっています。和太鼓ももちつきも、やっているのはホテルのスタッフなんですよ」

ちょっと誇らしげな表情で語る矢崎社長。自身も新入社員のころにステージに立っていたという。

「新入社員研修の必須項目の一つが和太鼓なんです。レベルはそこまで高くはないかもしれませんが、さっきまで案内していたスタッフや、料理を運んできたスタッフが、法被をまとって太鼓をたたくので、お客様は親しみを持って見てくださり、喜んでいただいています」

スタッフみんなが力をと心を合わせ、下部ホテルだからこそ味わえる旅の楽しい思い出をお客様に届けている。

スタッフが生き生きと
働ける環境をつくりたい

高校生までは会社の家族寮に暮らしていたという矢崎社長。横浜の大学に進学し、大学卒業後は専門商社に就職。その後アメリカに留学し、戻ってきてからは都内のマーケティング会社に勤めていた。

家を継ごうと決心したのは30歳の時。

「いずれは継ぐかもとは思っていて、30歳を区切りに決断しました」

平社員からスタートし、スタッフと一緒にさまざまな仕事に取り組み、37歳で社長に就任した。

「責任は大きいのでプレッシャーはありますが、周りのみんなに助けられてやっています。サラリーマンをしていたからこそ気付けることもあり、今一番に取り組んでいることもその気付きからです」

それは、スタッフが働きやすい環境づくり。

「この仕事を始めてから、休みが不定期で拘束時間も長いことを実感しました。旅館業では一般的でしょうが、どうやったら改善できるかを考えてきました」

そして社長就任後、改革に乗り出した。

一人がさまざまな業務をできるようにして仕事をカバーし合い、休みを増やすことを実現。旅館で一般的な中抜けシフトも少なくし、通しシフトを増やすことで、一人ひとりの負担も減らしている。

「スタッフが生き生きと働けるのっていいですよね。下部ホテルで働いてよかったと思ってもらえるようにしていきたいんです」

「旅館の良し悪しはやっぱりスタッフで決まりますから。スタッフ一人一人を大事にして、お客様にも生き生きと対応できる環境づくりを進めています」

そう話す矢崎社長も、生き生きとした表情を見せる。

2019年からは、下部ホテルの歴史上初めて全館休館日もつくった。

「忘年会などでもスタッフが全員集まれることがなくて、全スタッフが集まれる機会もつくりたかったんです。この仕事は連携も大切ですから。うちは社員間の結びつきが強いと思います」

そう言って自慢気にほほ笑む。

お客様の喜びを
自分の喜びに

「宿泊業の中で旅館の数は減ってきていますが、多くのお客様に来ていただくために、これからももっと魅力的な旅館を目指して頑張っていきたいと思います。それにはお客様が何を求めているのかを、その都度見極めていくことが大切だと思います」

矢崎社長は力を込めて語る。

さらに旅館の仕事について、一緒に働きたい人について熱く語った。

「お客様が目の前にいて、評価が手に取るようにわかる仕事なので、とてもやりがいを感じています。毎日お客様の笑顔を見られたり、喜んでいただけるのもすごく楽しいです。お客様の喜びを自分の喜びと感じられると、さらに楽しいと思いますね」

「お客様の喜びを自分の喜びにできる人、チームワークを発揮しながらお客様のために汗を流せる人、そういう人とぜひ一緒に働きたいです」

固定観念にとらわれず、一人ひとりのお客様、そしてスタッフと向き合いながら、より良い旅館を目指して仕事に励む矢崎社長。
その挑戦は始まったばかりだが、下部ホテルはこれからますます楽しく、おもしろくなりそうだ。

聞き手:澤伸恭(山梨大学地域未来創造センター)

※2019年2月26日にインタービューを実施しました。

株式会社 下部ホテル
山梨県南巨摩郡身延町上之平1900

【事業内容】
ホテル・旅館業

【HP】
https://www.shimobe.co.jp/